実は変更されていた歴史
新たな発見により、日本の歴史というものは徐々に変わっています。
私たち世代が学んだ頃の歴史と、現代の教科書で学ぶ歴史の表記が変わっていることも多々あります。
本日はその変更された歴史を見ていこうと思います。
大和朝廷→大和政権
国名としての「大和」の表記が8世紀後半以降のことであることから変更された。
聖徳太子→厩戸皇子(うまやどのみこ)
聖徳太子は、没後8世紀半ばの「懐風藻(かいふうそう)」という書物から現れた名前であるため変更された。それまでは他の名前で呼ばれていたってことですね。
なお会社員時代に面長の経営者一族の先輩のことを「うまやどのみこ」というあだ名で呼んで、彼の自宅を馬小屋と言っていました。
その呼び方が広まり、本人の耳に入った際は、後輩が付けたということにして、しらを切っていました。
大化の改新の年号645年→646年
中大兄皇子や中臣鎌足が蘇我氏を打ち破った645年の改変を「乙巳の変」と呼び「改新の詔」が出されたのが翌646年であることから変更された。
日本最古の貨幣:和同開珎→富本銭
1998年に奈良県の飛鳥池遺跡から7世紀後半の地層から「富本銭」が発見されたため変更された。
鎌倉幕府の成立:1192年→1185年
「イイクニ(1192年)作ろう鎌倉幕府」が今の語呂合わせでは「イイハコ(1185年)作ろう鎌倉幕府」に変わっている。
江戸時代の3文化→4文化
・寛永期の文化
・元禄文化
・化政文化
現在ではそこに
宝暦・天明期の文化が追加されて4文化となっている。
歴史も日々新しい発見があります。
もう聖徳太子と言っても通じないかもしれないんですね。
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